2012/02/01

シモネタ

お嫌いですか?

私がシモネタ好きというのは断じて誤解である。しかし、シモネタを言うことに躊躇はない。
それは何故か。
シモネタには話している相手の余裕を奪うことができるという、他にはない効果があるからだ。特に屁理屈をこねてくる女性に対しては、とてつもなく有効である。
「仕事というものは相手も気持ちよくなるようにしなければならない。それは何とかと一緒だ」とか言う。実際はもっと露骨に言うのだが、シモネタはズバッと切り落とすぐらいにシャープに発するのが、ま、一種のコツである。

シモネタ用語は俗に四文字言葉というのは知っていると思う。「お××こ」の類であるが、これはもちろん英語のf--kとかc--tなどの4-letter wordをそのまま当てはめたものだ。ちなみに英語の四文字言葉は日本語の「バカ」とは比較にならないぐらいの侮蔑語であるから、冗談でも発してはいけない。

唐突に話を変える。キリストやモハメッドは預言者であるが、全知全能の神の名をあなたは知っているか。つまり「光あれ」と言った神の名前である。
ユダヤ教ではヤハウエとかエホバとかエロヒムとかいうのだが、実は発音が定まっていない。ユダヤ教が書かれていたヘブライ語をアルファベットに移すとYHVHと書くところまではわかっているのだが、発音の仕方が後世に伝わらなかったのだ。
なぜなら神聖な神の名を口にすることを「モーセの十戒」で禁じられていたから。その代わりに、このYHVHのことを神聖四文字(テトラグラマトン)という。

もうおわかりだと思うが、シモネタが四文字であるという事実には欧米人の宗教観が強く反映されているのだ。
シモネタひとつ言うのにも教養は必要である。

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2012/01/25

名簿流失について

いきなりオレオレ詐欺の電話がかかってくれば「どこから情報が漏れたのだろう・・・」と不安にもなるが、ある程度特定されていれば不安感は相当に和らぐ。しかも詐欺電話がかかっているのは私たちの代だけではないことも確認しているので、最近の33期同期会の名簿から流出した可能性はない。流出したのは、1992年発行のワカバ会全体の名簿である可能性が高い。

流出したことについて、私たち同期会幹事・世話人はジタバタしない。私たちは十分留意して名簿を管理してきたし、同期から名簿が漏れたとは思っていない。この点に関しては自信を持っている。
今必要なのは、実際の経済的被害を防止することと必要な情報の提供にある。

すでに本件については、ワカバ会に連絡済みである。ワカバ会の会長は弁護士であり、三田警察署への通報も行われる。
このブログでも必要な情報は提供する予定。

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2012/01/24

ご注意!

facebookで出回っている情報によりますと、昨晩、三田高校同期の実家等にオレオレ詐欺の電話が複数かけられている模様です。
同期各位におかれては、実家のご両親に連絡をするなどの対策をお取りいただいて十分に注意されるようにお願いします。

同期会では名簿の管理に十分な配慮を行なっておりますので、最近の名簿から情報が流失した可能性はまずありません。
しかし同期に電話が複数かかっているということから、古い名簿は怪しげな組織に回っている危険性があります。

同様の被害未遂の電話などがかかっておりましたら、中村宛にご一報下さい。
もちろん警察への連絡を忘れずに!

» 続きを読む

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2012/01/17

喫茶店

最近はスターバックスなどのカフェが増えちゃって昔ながらの喫茶店ってなくなっちゃったよなあ、という話をしようかと思ってネットで検索してみた。
そうしたらですね、意外なことに私たちが高校時代から大学時代に愛用していた有名喫茶店チェーンというのはしぶとく生き残っているのである。

喫茶マイアミ」というと、渋谷駅前で朝まで営業している喫茶店だった。終電に乗り損なったときにはここに行けと言われてたが、煙草臭いのでも有名だったな。オレンジ色の看板が懐かしい。調べてみるとピザ・パスタ店に改装して、しっかり生き残っているのだ。感心するのは営業時間で、朝10:00から翌朝8:00というのが今でもいい根性しているぜ。
ルノアール」は椅子がふかふかのちょっと高級な喫茶店だった。私たちは2年生の時に映画の打ち合わせでよく利用した。これも渋谷や新宿でしっかり生き残っていて、会議室がわりに今も愛用されている模様。
カフェラミル」が都内で展開したのは大学時代だった。ここの特徴は、バカ高いコーヒーと当時は珍しかったシフォンケーキだった。コーヒーは750円で、今でも高いが当時はもっと高く感じられた。私は田舎出身の友人に東京の厳しさを教えるため、よく連れていったもんだよ。メニューを見てみるみる顔色を変える相手を見るのは、なかなかに素敵な趣味である。
六本木の「アマンド」も当時、そこをホームにしてた人にとっては懐かしいだろうな。私は大森店で円形のシュークリームをおみやげに買ってもらうぐらいしか思い入れはなかったけど、大森店が場所を変えて健在であることにはさすがに驚く。
銀座ウェスト」も健在だ。深夜の怪しげなCMが懐かしいが、昭和時代そのものの内装も変化がない。

御茶ノ水の「談話室滝沢」「喫茶・丘」や渋谷の「マヤ・ボルツ」はなくなったけど、これだけ残っていればそこそこ満足である。今風のカフェに負けないように頑張って欲しいものだ。

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2012/01/11

銀座

先週末、三ヶ尻社長と飲んだ。待ち合わせは新橋だったので、時間の余裕を使ってちょっと銀座を歩いてみた。
そうしたら自分でも若干鼻持ちならんことに、私の中に生まれたのは「懐かしさ」であったのだ。

私たちは第一学区(港・千代田・品川・大田)で育ったから、大雑把に言って京浜東北線の東京〜蒲田間で生活していた。だから私が子供の頃に親に連れられて買い物に行くとすれば、銀座に行くことが多かった。この経験は頻度の差こそあれ、皆が共有していると思う。現実問題として今ほど買い物環境もよろしくないから、週末に(当時は日曜日を指す)ショッピングセンターに行く感覚で銀座に行っていた。
これには外食を伴うから、私は子供の頃から親に連れられて銀座で食事をしていたことになる。だが昔の銀座は単なる繁華街であり、高級感は子供には理解できるわけもない。

銀座というのは、その40年近い昔の街並みが今でもよく保存されている街でもある。
銀座4丁目の角には、三越・和光・三愛ビルが物心ついた頃から建っている。松屋や松坂屋のデパートも、少なくとも建物には変化があまり感じられない。ソニービルは、ソニー製品が大好きだった私にとっては単なる遊び場であった。今では海外ブランドが軒を連ねている銀座通りであるが、裏道に一歩入れば昔からの店が記憶の彼方から顔を出す。
私の記憶の範囲では、かろうじて銀座通りに都電が走っていたのを覚えている。

今の銀座の飲食店は本当にピンキリである。座って10万というクラブや一見さんお断りの料亭から、ガード下の屋台までこれほど振れ幅の広い街はないだろう。
こんな私たちでも「子供の頃から銀座をよく知っている」という事実に変わりはない。
田舎では誤解を招く発言だが、わざと誤解を招くように言ってたのは否めんとこだな、ぬはは。

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2012/01/05

新駅

新春の報道で田町〜品川間に新駅を作るという話には、軽く驚きましたな。
確かに高校時代からこの駅間は港区の商業地とは思えないような感じだもんなぁ。今でもあんまり変わっていない。しかも高輪から海側へのアクセスは極悪。車両基地があるとは言え、考えてみりゃ放置されていたのが不自然だった。
そもそも、品川駅だってかつては港南口へのアクセスはひどかったもんだ。必要があれば入場券を購入して長い地下道を通って通り抜けるしか手段がなかった。しかも海側に出ると、駅前は地方の漁港みたいにガランとしていて、コクヨの本社ぐらいしか目に入らなかったと記憶している。「あんまり足を踏み入れてはいけないところ」だった、と思う。
階上の連絡通路ができて今では港南口のほうが高級感があったりするとは、信じられない気持ちでいっぱいである。

車両基地が縮小されて再開発されても京浜東北線と山手線の交差線が必要だから、新駅は高架になるだろう。高輪側と芝浦側への連絡通路はまだまだかなり先になる。開発に10年以上かかるというから、自分たちが生きて完成を見届けることのほうがよっぽど重要である、というところが悲しいもんだな。

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2012/01/01

あけましておめでとう

あけましておめでとうございます。

昨年は震災もあり、こうして新年を迎えることだけでも感謝したくなる気持ちです。
どうか各位におかれましても、穏やかな新年をお迎え下さい。

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2011/12/23

家政婦のミタ(三田だけに)

とにかく最終回の視聴率40%には驚いた。私は陰ながらに高視聴率を願っていたので、非常に喜ばしい。

しかし何で高視聴率を願っていたかというと、それにはちょっと説明がいる。
ひとことで言うと「最近のテレビがつまんなすぎる」からだ。それは「つまらないから低視聴率」→「低予算化でさらにつまらない」という悪循環に陥っているのは誰の目から見ても明らかだった。
しかも今の週間視聴率ランキングには、笑点とかサザエさんとか朝のNHKドラマとかの私の大嫌いな番組が並んでいる。これらは要するにジジババが観る番組である。こんな連中がテレビを見ていて、購買意欲をかきたてるという民放の基本的機能が果たされるとは到底思えない。これは社会の一翼を担う人間としては、看過できないほど許せない。
だから、私は広い世代に訴求力のあるオリジナル番組を待っていたのだ。小学生からオッサンまで、ミタごっこをして遊ぶとは思わなかったな。でもそれは喜ぶべきことなのである。
しかも「優れたアイディアは人を惹きつける」という正義が実現されたことも実に喜ばしい。

もう一つ感心したのは、かつてドラマで一時代を築いたフジのアシストである。最終回の裏番組は「トリビア」の総集編で、これだったら最低限の数字は稼げる上に低視聴率でも誰も傷つかない。
フジの現場にとって他局であろうと「コンテンツで高視聴率が取れる」という厳然たる事実は、喜ばしいことに決まっている。批判の多いアジアドラマを買うよりも自分たちの手で優れた番組を作ったほうが社会を活性化するのは明白だから、アシストするのは当然。「悔しかったらこんな番組を作れ」と言われたら、現場冥利につきるだろう。

ただし、私はドラマの出来そのものには不満がないわけではない。
そもそもセリフが多すぎるし、「主人公を前に共演者が横一列に並んで立ち、順番にセリフを言う」っていう演出は何なのよ?それこそは「渡る世間〜」(これも私は大嫌い)が日本のドラマをダメにした傷跡である。
だから実は私は「ミタ」そのものは観ていない。私が興味を持つのは、あくまで社会現象なのである。

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2011/12/19

金正日死去

正直、そう来たか、というのが感想。
今年の後半に「何かが起こる」というのは思いっきり予想してたから。人災じゃなかったのが外れたが、まずまずいい線をついていた。

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2011/12/18

スマホ

この前の忘年会で私が軽く驚いたのは、スマホの普及ぶりである。
みんなスマホを持っているのね。さすが新しもの好きの三田高校同期。その程よいバカさ加減が、愛しいぜ。
今回の大ヒットは、噂のdocomo iPhoneだったな。あれは相当羨ましい。
しかし、(例の)極秘youtube動画を出すのにみんな四苦八苦してたぞ。もっと使いこなせよ。

私が持っているのは2008年発売のガラケー(ガラパゴス携帯)である。古くからのマックユーザーでありミーハーでは人後に落ちない私であるが、未だにガラケーを使っているのは「今んところ、何の不満もない」ということに尽きる。維持費も増えて大型化するスマホに現状では魅力を感じていない。
最近発表されたiPhoneのダウンロードアプリのランキングも、私の購買意欲を失わせるものだった。1位が写真整理アプリだったかな?あれは「特に何も必要じゃない」ということを如実に示している。
スマホで便利になることが予想されるのは、おそらく地図機能だけだと私は判断している。
しかも私はガラケーに結構な機能を入れている。飛行機も新幹線もガラケーだけで乗ることが出来るし、コンビニでも買い物ができる。
だから私は「スマホの機能がガラケーに追いついたら買いどきだ」とか憎まれ口を叩いているのだ。

しかしちょっと調べてみたら、スマホのガラパゴス化は着々と進んでいる最中なのね。
ガラケー3機能(ワンセグ、おサイフケータイ、赤外線通信)の実装が進行中であることを知った。この他、防水・テザリングができて、維持費が安くなればi-modeにこだわる理由はなくなる。
ガラケーを捨てるのはその時で十分だが、思ったよりも早そうである。

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2011/12/11

忘年会

参加の皆さん、お疲れ様でした。
参加人数は実に31名、卒業以来はじめて顔を見た人がいました。私が高校時代に話したことのある人は半分もいなかったと思う。だけどものすごい盛り上がりで、来なかった人は後悔しただろうな、と思った。
いつも同期会をやった年の忘年会はすごいことになるのだが、予想以上にすごかった。当然私はタクシー帰りになったが、ついに今回は始発帰りした人が出た。
facebook登録している人はそちらも参照して下さい。

次回企画はいつかわかりません。というか、あるかどうかもわかりませんからね、ふっふっふ。

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2011/12/05

12月

12月になると毎年考えるのは、「今年は何回喪服を着たか」である。
私は今年は一度も着なかった。だから今年は悪い年ではなかったと、無理やり思うのだ。

それでも何通かは今年も喪中欠礼の葉書が来る。その葉書一枚一枚に絞り出すような悲しみが詰まってるのだよな。

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2011/11/30

忘年会シーズン

忘年会シーズンの休前日(金曜日など)に首都圏の主な私鉄では深夜に下り電車の増発便が運行されている、という事実を実は今年はじめて知った。ただ、そう言われてみればこの時期に臨時電車に乗ったことがあるような気がする。
沿線住民に気が付かないところで、意外にきめの細かいサービスは提供されているのだな。鉄道事業者におかれては、ご苦労に感謝したい。

忘年会シーズンといえば、思い出すのはバブル期である。
あの頃は忘年会の帰りにタクシーを捕まえるのは、至難の業だった。もちろん終電時間は無視するのが当たり前だった。
映画「バブルへGo!」では一万円札をぴらぴらさせながら道に手を挙げるシーンがあったが、私はそこまでの光景は目の当たりにしていない。当時の私のホームグラウンドは新宿だったが、六本木や銀座ではあったのかなあ?ただ、タクシー呼んでも来るのは1時間後だったりしたし、タクシー券を左手に持って右手で使える車を指さす、というのは経験がある。
終電が過ぎると、渋谷駅のバスロータリーにはバンの乗り合いタクシーが客待ちしていたのも懐かしい光景だ。もちろんタクシーには長蛇の列で白タクも営業していた。
私は当時田園都市線のたまプラーザに住んでいて、渋谷からは深夜バスが強い味方だった。バブル期のすごいところは、シーズンでなければ深夜1時発の便でも酔客は半分ぐらいだったことだな。それ以外の乗客は残業帰りだったのである。

私は満員の深夜バスに乗車していたそんなある時、途中で近所の席からゲロ音が発生したことがある。隣の乗客(たぶん他人)が「誰か!誰かティッシュをくださいっ!」と悲鳴を上げた。するとバス中の乗客がその席に向かってポンポ〜ンとポケットティッシュを投げた。車内に飛び交うティッシュの放物線は、今思い出しても笑ってしまうよ。マンガみたいだったな。

さてさて、忘年会の参加を熱烈受付中である。
このページを少し下までスクロールして、参加希望のメールをお出し下さい。

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2011/11/27

星新一

高校時代に読んだ星新一のショートショートに、人の思い出を管理する会社が出現した未来社会が描かれていた。題名は「記憶の銀行」というらしいが、私も詳しい内容は覚えていないし検索してもストーリーはよくわからなかった。

その未来社会では、一人ひとりが人生のいろいろな出来事の記録を記憶の銀行に預けている。そして見ず知らずの人と会ったときに合致する情報をデータベースから端末に表示させて、例えば「あの時の事故の現場にいたんですか!」とかやるのだ。つまり、そういう社会ではいつでも共有の話題を持つことができる。
オチも忘れてしまったが、体験や記憶まで管理される未来社会の恐怖を描いたものであったと思う。

その昔の星新一が思い描いたものとはインターフェースが違うのだが、これはfacebookの設計思想そのものといっていい。その先見性には驚くしかない。
ただ、別に体験や記憶は管理されてはいない。とはいえ正直、情報の海に溺れてしまいそうになるのだ。ちょっと前までメールだけチェックしていればよかったのに、今はそれに加えて携帯にfacebook、人によってはtwitterやブログのコメント、2ちゃんねるまで見ておかないと不安になる。こいつはいささか煩わしい。
まあ、上手にやれば一元化することも可能なんだろうがそのためにはさらに別のシステムが必要なわけで、それも新しく覚えて常に最新情報に更新しなけりゃならない。それじゃ同じ事だ。
そうしている間に、自分も「コンピューターを理解していないおっさん」へと進化をとげるのだ。悲しい事である。

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2011/11/20

駐車禁止

数年前から(2006年から)駐車違反の取締りが強化されたのだが、これがアメリカの圧力によるものだと知っている人はどのくらいいるだろうか。

当時の日本と米国は「年次改革要望書」という書類を取り交わしていた。これは市場の自由化のために国内法の改善を要求するものだった。米国は日本の流通市場に参入しようとしてたから、この中の一項に「日本の道路は違法駐車が多くて、それが流通を阻害していてケシカラン」というものがあったのである。たぶん駐日大使かなんかがムカついてたんだろうな。これが取り締まりの強化につながっているのだ。
この要望書はネットでは内政干渉だとして非常に評判が悪い。しかし以前はどうだったか。都内の幹線道路は片側三車線あっても一番左の車線はほとんど動いていないし、商店街は違法駐車だらけで緊急自動車も入れないような状態だったはずだ。それが劇的に改善されたのは事実なのである。
ではどうしてそういう違法駐車が放置されてきたのだろうか。それは警察の腐敗に原因がある。
自前の駐車スペースを持たない商店や工場が、違法駐車をお目こぼししてもらうように地元の政治家などを使って圧力を加えてきたのだ。そういう作業はかつて、市議や区議の重要な仕事だった。
しかも春秋の交通安全運動期間には協賛金や差し入れという名の賄賂を提供していた。この時期、交差点に作られるテントで商工会議所のおっさんが暇そうにお茶を飲んでいるのは、そういう仕組みなのである。

かかる腐敗した社会を打破するのに米国からの圧力を借りることは、情けないけど仕方が無いのだ。だって、自分じゃ改革できなかったんだから。
そういう言い方がいやだとすれば、国際標準に合わせることではじめて古い社会は合理化されていくのだと考えればいい。
したがって私はTPPには賛成である。市場の自由化なんて今後絶対に避けられないんだから、イニシアティブを取ったもんが勝ち組になるに決まってるからだ。

これ読んだ人は「あいつらしい考え方だな」と言うだろうなあ。だけど三田高校同期のあなた。絶対にこの駐車禁止の話自体には納得したはずだぜ。だって考え方のベースが同じだもん。

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2011/11/14

二郎と都市工学

先週、ついうっかり二郎を食べてしまった。場所は相模大野で、これは私の帰り道の乗換駅にある。
相模大野店には少なめ・並・大盛りが用意されており、私のオーダーは「少なめ」であった。二郎の醍醐味は一口目の麺を食べた瞬間の「喉につかえそうな独特の食感」にあるのだが、その点ではまあまあ合格といえる。少なめであるからして、らくらく完食した。
しかし油断は禁物である。下痢こそ起こさなかったのであるが、食後に異常ともいえる腸の蠕動が始まったのである。「ぎるるるる〜」と腹が鳴るのだ。いったいなぜなんだろう。その体調の変化は就寝時まで続き、横になっても腸の音で寝られないほどである。体の重さは結局翌朝まで続き、自分の消化能力の減退に年齢を思い知らされるのであった。

二郎の支店(暖簾分け店)と類似店(インスパイア店という)は首都圏近郊に広がっているのであるが、その出店傾向にはある偏りが見られる。大雑把に言って、目黒通り〜国道246号線沿いと、中央線・常磐線沿線に集中しているのである。特に初期の出店においてその傾向は顕著であり、さらにそこから順次拡散している。逆に西武・東武線などの埼玉方面や千葉湾岸沿いには、皆無ではないがあまり見受けられないのである。
私たちが学生時代を過ごしたバブル期以前、都内の城南地区はベッドタウンであり、その土地柄とともに二郎は存在した。もちろん二郎の客は慶應大学生がほとんどなのだが、その連中が家庭を持ち居を構えそうな土地とその出店傾向は妙に一致すると分析したら言い過ぎだろうか。

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2011/11/10

年末行事のお知らせ

三田高校33期の皆様

年末の話にはいささか早いですが、同期会で予告した忘年会を下記要領にて開催します。

日時:12月10日(土)17:30-
場所:鶏料理専門店 とりかく 品川インターシティ店
   (品川駅港南口 徒歩3分)
http://r.tabelog.com/tokyo/A1314/A131403/13027752/
会費:5,000円

ご出席の方は、11月30日(水)までになるべくメールでご連絡下さい。
宛先はnakamura.kazuhiko%nifty.comです。
(発信するときは%を@に変えて下さい。整理の都合で恐縮ですが、ご欠席の方は特にご連絡の必要はありません)

なお、山本敏子先生も参加の予定で内諾を得ております。

40名の席を用意しておりますが、参加人数についてはなんとかします。
数多くのご参加をお待ちしています。

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2011/11/07

夏目漱石の「吾輩は猫である」を読んだことある人、いますか?
「面白かったよ」と答えた人には、ぜひお伺いしたい。「そんな話でしたか?」って。

未だに覚えているが、私は高校3年の時に旺文社文庫で読み始めて挫折しました。明治のユーモア小説だと思ってなめていると、読めないと思う。何しろ夏目漱石は当時最高の文化人だったはずで、作中には知識人にしかわからないパロディーや引用が散りばめられている。また解析力学の数式とかも出てくるかと思えば、古典落語や論語を知らないと面白くないギャグが顔を出す。さらに猫の目線で書かれているから、ストーリーらしいストーリーが無いのだ。しかも結構長いし。
私はその後、30台前半にもう一度チャレンジしてやっぱり挫折したのを覚えている。挫折したのは覚えているが、ストーリーなんか全然覚えていないもんな。明治の文化人は今時のちゃらいおっさんなんて相手にしてねーってことだよ。

私はこれを最後まで読み切った人は、マジですごいと思う。「こころ」のほうがずっと読みやすいよ。
今読んだら、読めるだろうか。
でも自信がない。今読めないと、精神的にダメージが大きそうで手が出せない。

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2011/10/31

呼び出し

古草敦史君、ここをクリックして私にメールを出して下さい。

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2011/10/28

お知らせ

ワカバ会報(秋号)発行。同期会のレポートが載っていますが、秋号は会費納入者にしか送付されません。pdfファイルは以下のとおり。
http://www.wakaba-kai.org/kaiho/kaihou_pdf/wakaba70.pdf

Wakaba70small


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2011/10/27

秋の行楽シーズン

私は現在、小田急線を下り方面に利用しているのだが、朝晩の通勤時に箱根や丹沢の山歩きのジジババが電車で一緒になる。このシーズンは非常に多いのだが、これがまたマナーが悪いのだな。電車の中で大声で騒ぐのは序の口で、集団で席取りをするわ列には割り込むわ、車内で朝はおにぎり帰りは飲酒である。推定年齢は60台後半以上で、こいつらの年金を私たちが払っているのかと思うと軽く不快になる。いや、ほんとにひどいよ。

朝はさすがにイヤだが、帰りの車内では私はマンウォッチングを兼ねてこのジジババの会話を聞いていることがある。そうするとですね、わかったことは「こいつらは人の話を聞かない」ということなんですねー。一見、和やかに会話をしているようで全然人の話を聞いていないということがわかるのだよ。
「どこそこの誰々さんが、この前、会社を継いだんだけど、その時に何とかを頼まれたのが偶然どこそこの誰それさんでびっくりだろ・・・」って別にびっくりしないっての。3〜4人のメンバーだと、そういう誰も聞いていない話を会話形式で交互にやっているのだ、ということがわかった。その証拠に全部しゃべりきる前に、別の人が会話をかぶせてくるのだ。車内ですんなよなぁ。

だけど、そういう会話はおそらく自分もやっているのだろうと思う。わしらだって、立派な中年のおっさんおばさんなのだ。酔っ払っているときは特に危ないと推測される。
他人から信頼されるコツは聞き上手になることだというのだけど、まったく実感してしまう。人のふり見ちゃうよなあ。

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2011/10/22

風邪

ここ1週間ほど、風邪を引いていた。私の記憶が確かであれば今年の年頭と秋口に続き、今年の風邪は3度目だ。免疫は獲得しているはずなのに、頻度が多くないか。
しかも歳を経るごとに治りにくいのである。さらに言わせてもらえば「のどが痛い」とか「鼻水が止まらん」とかのわかりやすい症状ではないのだ。「節々が痛い」とか「微熱が取れない」という症状が、いかにもジジくさい。すいませんな。

風邪が治りきらないと酒がマズイのが悲しいよなあ。「ああ、俺は今酒を飲んでいる」という実感こそは健康の証である。

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2011/10/17

twitterとfacebook

私は軽くB級の香りがする日本映画が好きで、先日「モテキ」を見に行ってしまった。長澤まさみの素晴らしいスタイルだけでチケット代の価値はあるので是非オススメしたい作品であるのだが、問題は作品中でしばしば現れるtwitterである。twitterが結構重要な役割を果たしているのはともかくとして、おっさんの目にはどうということのないそのシーンで映画館の場内が爆笑になるのである。それこそはtwitterが世間に浸透している証拠だよなあ、と思ってしまった。
ただ私はtwitterにはあまり興味もないし、将来性もないとにらんでいる。理由はメディアとして不完全すぎることだ。つぶやきはあくまでつぶやきで、創造性のある仕事や遊びには結びつかないとおっさんは思っている。要するにこれは、記録が残って第三者も見ることができるポケベルに過ぎないと思うのだよ。
ただ、twitterは交通障害発生時には限りなく便利だ。

もう一つの時代の寵児はfacebookであろう。私たちが10年以上もかけてメーリングリストで100名近いメンバーを地道にスカウトしてきたのに対し、facebookはほぼオートマティックに同じ高校の出身者を世代と関係なく集めてくることが可能なのだ。今、清水徹君が同期の取りまとめをしているがあっという間に30名がリストされている。むむむ。これがweb2.0なんすかねえ。
私は高校同期で遊んでいる内容が仕事上の知人にバレるのには、かなりの抵抗がある。だからfacebookは適当に情報を絞り込んでやるしかないのだが、これだけ普及したとなれば付かず離れずの関係で行くしかないだろう。このブログもfacebookには公開した。

いろいろなメディアが登場して、改めて情報の管理を真剣に考えなければならん時代ということだと思うね。
アナログ過ぎて比喩にもならんと思うが、私は同期会の出欠で回収した葉書の始末にだって困ってるぐらいである。ちなみに少なくとも過去3回分は私が全て保管してあります。

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2011/10/14

アンチチーム

私は子供の頃に巨人が嫌いだった。だから「子供の頃のあこがれは巨人軍のユニホーム」とかいうノスタルジアとは無縁だったし、実際問題としてそれは嘘っぱちだと思う。小中学校の頃だって自分の周りを見渡しても、巨人一色ということはなかったと記憶している。巨人ファンは体感的には6割ぐらいであった。子供の頃の私は王や長嶋が憎くてたまらんかったよ。
ちなみに私がご幼少のみぎりに好きだった球団は阪神であるが、少なくともその頃の子供の目からは強大な権力である巨人に立ち向かいうる、唯一の球団に見えた。今のような「コテコテの大阪球団」ではないよ。

今のスポーツにおいて、贔屓のチームは存在しえてもアンチチームというものは存在しにくくなった。巨人のような絶対的に強いチームがなくなったということもあるが、選手はよりよい条件を求めて(海外も含めて)移籍もするから、チームや選手に対して憎悪をかきたてるということはしにくくなった。
それがいまどきのスポーツ観戦の姿なのである。むしろ健全化したといえる。
だから星野仙一が楽天の監督になったとき、「日本シリーズで、憎っくき巨人を一緒にやっつけましょう!」と言ってたのには唖然とした。今はそういうことで選手やファンのモチベーションを高めることはできないのだ。その空気を読み間違えれば、そりゃ野球は衰退しますがな。

自分の贔屓に敵対することを憎むという行為は、もしかしたら人間として必要な情動行動ではないかと思う。今、その補償に相当するのが嫌韓であり反中国なのかもしれないね。だとすれば、その感情は理解できないのでもないのだが、さすがに幼稚な考え方だと言わざるをえない。
それはともかく、アンチチームが存在しないおかげでスポーツには盛り上がりが欠けるように感じられることは少し寂しくもあるのだよ。

私が巨人ファンじゃなかっため後悔してるのは、実は「巨人の星」に何の思い入れもないことである。
巨人の星の挿入歌や細かいマニアックなエピソードで大笑いしたりすることが私にはできない。実に残念なことだ。

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2011/10/09

男女雇用機会均等法

この法律が施行されたのは1986年のことである。私が大学院の修士課程を卒業したのが1987年だから、女性だったら最初に恩恵に預かった世代になっていただろう。私の会社時代の同期(総合職)にも一人だけ女性がいて、大騒ぎになっていたのを記憶している。
逆に私たちの同期で浪人しないで4年制大学を卒業していれば、それは法施行前の1985年であり、いろんな意味で悔しい思いをした女性もいたはずだ。しかし時代はバブル前夜だし、今みたいに派遣社員なんてのはいないわけで、一般職で入社してお気楽な職位でブイブイ言わせた人もいたと思うぜ。ま、偏見かもしれないがな。
今、総合職で入った女性は会社の中でどうしているんだろうか。おそらくその多くは今では同じ会社にはいないと思う。しかし退職した次が勝負だな。同期の女性で今でも仕事を持っている女性はみんなそんな感じだしな。

私が入社当時、集合研修を某地方都市の工場でやっていたんだが、ある時その同期の女の彼氏が遊びに来たことがあった。そうしたらですな、その男が駅に着いて彼女が迎えに来たときから帰りに見送るところまで会社の誰かが見ていて、その行動が筒抜けになっていた。田舎は怖いです。。。

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2011/10/02

震災の影響

気のせいか、震災の影響が最近になってじんわりと感じられるようになってきた。その代表的な例が、バターの品不足である。東北地方の畜産農家の被災と昨年夏の高温のせいらしいが、店頭から姿を消しつつあるのだ。ほんの数%だけでも流通が滞ると、このざまである。私たちの生きる社会は効率がいいのだか悪いのだかわかりませんな。

しかし、この事実は私たちがその社会の一員であることを否応無しに思い知らされるものである。自分たちの仕事は、一見、社会に何の影響もないように見えていて、実はほんの僅かに社会貢献しているのである。その点では私のような研究職はなおさらなのであるが、それが滞ると社会のシステムというのはやっぱり回らなくなってしまうのだ。私たちは「見えざる手」に支配されているのである。

「見えざる手」というのはアダム・スミスの資本論に出てくる有名な言葉であるが、実は最初の章に一度だけしか出てこない。がきデカの第1巻に一度だけ出てくる「練馬変態倶楽部」と同じである。

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2011/09/25

台風、どうでした?

今年は自然災害の当たり年である。
もう覚えていないかもしれないが、2月には日本海側で大雪が降り、九州では火山が噴火した。この時点で今年の異常さに気づいた私はすごいとしか言いようがないのだが、これはただの序章に過ぎなかった。
3月には東日本大震災が起こり、それに続く原発事故が発生した。3月15日頃に原発が連続爆発していたときには、本当にどうなることかと思ったな。たぶんあの日々は戦争中、本土で生活する感覚に近かったのだろうとつくづく感じた。わしらは戦争を知らない子供たちであるわけだが。
あの当時、原発事故の被害について書いたことがあるが、今の時点においてもあの分析は間違ってはいない。各位におかれては風評に惑わされることがないように望む。
さらに私は、今年は今後も災害が襲うことを予言した。人災かと思ったら天災だったというのが違っていたが、場所を当ててしまった。100万人に避難勧告なんて、見たことなかったもんな。もっとも、歴史に残るほどではないが。

そんな私も台風15号は予想外だった。「まーすぐに通りすぎるよ」とナメていたら(そこまではあってた!)、電車があんなに長時間停まるとは思わなかったぜ。結局私は職場に泊まり、床で寝るハメになってしまった。もちろん全然寝られない。
翌日は午前中で帰ってしまったのだが、家に帰った途端にドドっと疲れが。。。高校時代はこのぐらい平気だったのに、とつくづく思ったな。

今後の長期展望であるが、「猛暑」と「台風上陸」は来年のスギ花粉大爆発を誘導することだけは保証する。スギの花芽は夏につき、秋に育つのだ。今年は盛大にスギの雄花が成長していることだけは間違いない。もちろん私は花粉症持ちであり、今から憂鬱である。

とにかく今年は今後も災害が集中する。私ははっきりした人災があるのではないかと思っているが、各位におかれてはくれぐれも注意してくださいな。注意したところでどうにもならないが、「驚かない」というのはそれはそれで立派な対策ではある。なぜなら、それは二次災害を着実に防ぐから。

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2011/09/18

プラザ合意

プラザ合意は1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルでの先進国蔵相会議で交わされた、世界的なドル安を市場介入によって実現する政策合意である。この背景にはアメリカがベトナム戦争から引きずってきた財政赤字と貿易赤字(双子の赤字)があって、アメリカの国益が優先した政策誘導ではあった。しかしこの時に各国間で交わされた(一見日本にとって、不景気を誘導しかねない)ドル安合意が、以下のようなメカニズムで後に日本にバブル景気とその崩壊をもたらすのだ。戦後マクロ経済の基礎ですよ。試験に出ます。

もちろん、輸出で経済を発展させてきた日本にとってはドル安(円高)は大打撃になるはずだった。そこで当時の中曽根政権が打ち出した景気刺激が、低金利政策であり内需拡大策なのである。そして低金利でだぶついた金が土地と株に流れこむのが、バブルの第一の原因と言われている。その低金利政策は現在に至るまで継続されているんですね。私たちは住宅ローンの低金利ぐらいで恩恵をあずかるのがせいぜいですが。

今でも私たちの生活に直接的に影響が残っているのは、むしろ内需拡大策のほうである。国民にカネを使わせるために「総合保養地域整備法(リゾート法)」という今から考えると誰が得するんだか訳のわかんない法律が制定され(1988年)、リゾートをばんばん開発することが奨励された。バブル崩壊後にはこの時の銀行融資のせいで、毎週末に銀行が潰れたのである。
もう一つ、内需拡大策で推進されたのは実は「週休二日制」である。みんな、バブル期の前半ぐらいまで(つまり、私たちが就職した最初の数年の間)会社というものは週休二日ではなかったことを覚えているだろうか。週休二日制というものは、そもそも勤勉に働いて得た金をせっせと使いましょう!という意味で制定されたものなのだ、ということは覚えておいて損のない知識である。
ま、何の役に立つのかは知りませんが。

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2011/09/11

世話人会

9日金曜日に、世話人4人で軽く飲む。軽いのは人数だけで、量はそこそこ飲んでいるんだが。

なんとなく「こんなもんでいいのかなあ」と私が言う。世話人のメンバーのことだ。私がいつも危惧しているのは「あの連中も好きだよな・・・」と思われたくないということに尽きる。私は見栄っ張りだからね。
だけど、当面このメンバーが中心になってやるしかないのだよなあ。ただしクラス幹事は今後も適当に入れ替える。特に女性は私の個人的な好みにより、きれいどこを積極的に入れるのである。アラフィフになってきれいどこもへったくれもないと思うが、そうではないぞ。

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2011/09/05

日比谷では教えません!

先日の同期会で天井先生が言った有名なセリフであるが、この一言がそもそもどういうタイミングで発せられたか覚えている人はいるだろうか。
今から私が記憶を振り絞って解説するので、異論がある人はコメントなりメールなりで言ってほしい。

それは1年生の地理Bの最初の方の授業である。
入学したばかりの私たちは、25000分の1の地図を買わされて(確かパスコの横にあった本屋で買ったはずだ)、読図の勉強をしていた。その地図に色鉛筆かなんかで彩色する課題を与えられた。夏休みの宿題だったんじゃないかと思う。

私たちは最初に、その地図を折りたたむ方法を教えられた。
地図はまず周囲の余白を裏側に折り込む。これは隣の地図と繋げるためだ。そして次に縦に細長くなるように4つに折るんだが、「W字型に折り畳みなさい」と教えられた。その時にW字型の中央部分の山は外側よりも1-2 mm低くなるように畳むのだ。

何故か?

折りたたんだ地図を持ち運ぶときに、出っ張っているとその部分が「擦れて」字が読めなくなるから。
天井先生はここでその有名な一言を、満を持してのたまうのだ。
「これは日比谷では教えません!」と。

まあ、それを素直に聞いて感心していた私たちも可愛いもんであるな。ぬはは。

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